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2018年10月10日 「僕にとっての米山記念奨学金」

会長あいさつ                           会長 大出 隆秀
皆さん、こんにちは。この連休はいかがお過ごしでしたでしょうか。
 先週の土曜日は、社会奉仕委員会の菅野委員長はじめクラブから7名、ローターアクトクラブから3名、総勢10名で猪苗代湖の水草回収作業に行ってきました。菅野委員長からも報告があると思いますが、晴天に恵まれ、猪苗代湖の水質浄化のためにひと汗かき、昼の食事とコーヒーブレイク後、地区のゴルフ大会に備えて、猪苗代ゴルフクラブで最終調整をしてまいりました。奉仕活動と親睦を深めることができた、有意義な1日を過ごさせていただきました。地区のゴルフ大会での上位入賞は、確実なものと期待しております。
 さて、今月、ロータリーでは、経済と地域社会の発展月間、ロータリー学友参加推進週間、米山月間となっています。今日は、米山梅吉さんにちなんだ話をご紹介させていただきます。
 今年は、戊辰150周年の年ですが、この年は、米山梅吉翁の生誕150周年の年でもあります。米山梅吉翁は、明治元年2月4日に東京芝、田村町で、士族・和田竹造の三男として、生まれています。母親は、伊豆の三島神社の娘さんでした。お父さんは、大和の国、高取藩の武士で、明治維新後も江戸城に最も近い田村町に住んでいたということから、相当の地位の侍であったと言われています。また、母親の実家の三島にある養子縁組先の米山家は、駿河の今川家の旗本であったそうです。
 明治維新後、官僚が圧倒的に力を持つ社会の中で、薩摩・長州に代表される旧藩閥に属さない者は、それだけで極めて不利な立場にありました。米山梅吉翁も高取藩という小藩の出身であり、官僚を志望していたわけではありませんが、民間実業の世界でも、薩長閥に有力なコネがなければ、就職機会さえ得られない厳しい時代でありました。
 米山梅吉翁は、友人の藤田四郎の岳父である井上馨という長州の大物政治家の紹介で三井銀行に入社することになり、30歳で銀行マンになることができました。しかし、入社した三井銀行にも、実力主義とは言え、旧藩閥とは違う学閥を中心とした派閥が存在しておりました。
 米山梅吉翁は、ダラスのロータリークラブにゲストとして出席してから2年10か月後の大正9年10月20日、25人の会員により、「東京ロータリークラブ」を設立しました。米山翁は、ロータリークラブの理念に共感していたことは、もちろんのことですが、就職時における旧藩閥を中心とした派閥、会社組織の中での学閥を中心とした派閥、等の不条理な派閥の存在を超えたものとして、ロータリークラブの設立の必要性を考えていたとも言われています。大変、興味深い話だと思います。
 さて、米山翁が、「東京ロータリークラブ」を設立して、2020年で100年となります。現在、日本のロータリークラブは、2018年7月末現在でクラブ数2267クラブ、会員総数89,904人にまで成長しました。東北では、ご存じのとおり、郡山ロータリークラブが、1番最初にロータリークラブとして認証されました。これは、郡山ロータリークラブの初代会長の橋本萬右衛門さんが、米山梅吉さんの仙台からの帰りに、途中下車していただいて、郡山ロータリークラブの創立を強く訴えて認めていただいたからです。しかし、米山翁は、仙台の昭和11年ごろの人口が10万人ぐらいだった当時、「5万人の郡山の人口では長続きはしないだろう」と仰っていたそうです。また、会員選考の条件として、5つのご指導をされていたことが、郡山ロータリークラブの遠藤安一郎さんの卓話集に残っているそうです。ご紹介します。
 1つ目は、名誉欲のあまりない人
 2つ目は、例会に出席可能な人に絞って、名前だけの会員はやめた方が 
いい
 3つ目は、業界で腕のある人よりも人格の高い人
 4つ目は、考え方が社会を良くしようとする進歩的な人
 5つ目は、政治・宗教にはあまり熱中しない人
だそうです。東京ロータリークラブは、この条件を基準にして、会員を選好しているというお話だったそうです。
 今日は、この米山翁が、アジア人留学生の面倒を見ていた遺志を継ぎ、国際親善と世界平和に寄与するために設置された「米山基金」の成果として、この福島の地で活躍している米山学友のサイブヤン・オドバヤルさんから、スピーチをいただきます。後ほど、よろしくお願いいたします。
 なお、平成30年7月の西日本豪雨の被災地に対し、今日、スピーチをいただくサイブヤン・オドバヤルさんの母国であるモンゴルの米山学友会の皆さんから、同学友会を代表して、創立会長ジャンチブ・ガルバドラッハさん、第3代米山親善大使エンフボルト・ボロルトヤさんから、米山奨学会事務局にお見舞いのお気持ちをつづった手紙と2710地区(広島県・山口県)に対する義援金が届けられました。詳しくは、「米山だより」に紹介されています。ぜひ、ご覧いただきたいと思います。
僕にとっての米山記念奨学金  福島中央ローターアクト サインブヤン・オドバヤルさん
 皆さん、こんにちは! サインブヤン・オドバヤル、通称オディです!
 本日は、たくさんのロータリアンとお会いでき、光栄です!私は、モンゴル・ウランバートル市出身です。福島大学を卒業して、福島大学大学院2年生の時に、米山奨学金を頂きました。
 モンゴルという国はご存じでしょうか?隣国2つを持ち、日本の4倍の面積で300万人にしか住まない国です。ウランバートル市は、世界で最も寒い首都と言われ、夏の昼と冬の夜では、60度ぐらいの差があります。
 オディが生まれた1992年(平成4年)は、社会主義から資本主義に変わった年です。経済がリスタートされ、食べ物すらない時期でした。今や、ウランバートルは仙台と同じぐらい発展しています。そこには、日本からの援助も大きな役割を果たしたと思われます。
 米山奨学生を頂いた時は、金銭面だけではなく、精神面でも大きく支援されました。適切な人生アドバイスや、キャリアアドバイスを頂き、心強くなりました。何より奉仕の心が育ったかなと思います。
 卒業後、福島に残って起業したいと思ったのも、皆さんから頂いた恩を少しでも福島という土地にお返しできたらなと思ったからでもあります。
 現在、福島駅前で、語学スクールを開いております。大人、中高生、ビジネスマンなど、幅広く、英会話から多言語まで教えております。福島の語学水準をいる間でも伸ばせたらなという夢をみます。
 本日は、例会に呼んで頂き、誠にありがとうございました!
長浜東ロータリークラブ月見例会あいさつ               会長 大出 隆秀 
 皆さん、こんばんは。
 今年度、福島中央ロータリークラブ会長を仰せつかっております大出です。職業分類は、公認会計士です。どうぞよろしくお願いいたします。
 本日は、芳賀裕ガバナーエレクト、佐藤幹事とともに、月見例会にお招きいただきまして、まことにありがとうございます。
 先ほどは、本庄会長様、松居幹事様、関係委員会の皆様とともに、滋賀県知事様に貴クラブとの連携のもと米原市竜巻災害復興支援事業として、滋賀県に義援金を寄贈してまいりました。県民の皆様の自然とのふれあいの場、憩いの場である、「きゃんせの森」が1日でも早く再開できますよう心よりご祈念申し上げます。
 ご承知のとおり、貴クラブと私たちクラブは、2015年5月16日、友好クラブの締結をいたしました。あれから、4年目に入り、友好を深めるための相互訪問を通じた交流から、何か奉仕活動を通じた共同事業ができないかという思いが、今回の米原市竜巻災害復興支援事業の実施につながりました。この事業を計画し、ご準備いただきました本庄会長様はじめ、貴クラブの会員の皆様のご尽力に心より感謝申し上げます。今後の両クラブの共同事業としての奉仕活動に1つの方向性を示すことができたのではないかと思います。今後とも、両クラブにとって、実りある奉仕活動ができますように、ご支援とご協力をよろしくお願いいたします。
 ここで、少し、現在の私達クラブと福島の現状を紹介させていただきます。
 私たちクラブは、平成2年5月16日、福島県全域をエリアとする第2530地区の66クラブ中、53番目、福島市で7番目のクラブとして誕生しました。会員数は、2018年7月4日現在、男性会員54名、女性会員3名、合計57名で活動しております。昨年度は、梅津直前会長のリーダーシップのもと、会員の皆さんの協力で、会員純増年間5名の会員増強を達成することができました。
 さらに、今年度は、すでにご承知と存じますが、私たちクラブから、平井義郎ガバナーを輩出し、創立30周年を迎える次年度には、今日、ご同行いただきました芳賀裕ガバナーエレクトが、第2530地区のガバナーに就任いたします。
 2年間連続して、私たちクラブから、ガバナーを輩出できますことは、大変、光栄なことではありますが、地区内での注目度が高いぶん、会員は、ホストクラブとしてのプレッシャーも十分に感じております。同一クラブから、2年連続のガバナー輩出は、日本でも大変、珍しいことかと思いますが、早くも、先週の22日には、芳賀裕ガバナーエレクト事務所も開設され、次年度に向けていよいよスタートしたところです。当クラブは、今年度の平井義郎ガバナー、次年度の芳賀裕ガバナー、クラブ一丸となって全力で応援してまいりますので、友好クラブであられます貴クラブ会員の皆様にも、温かいご支援とご協力をどうぞよろしくお願いいたします。
 さて、福島県と言って、皆さま方は、今、何を思い浮かべるでしょうか。おそらく、多くの方は、いまだに東日本大震災における津波被害と原子力発電所の事故ではないかと思います。震災から、すでに7年半、震災による道路等のインフラ、構築物等のハード面の復興、原子力発電所事故に伴う放射能汚染の除染作業は、ほぼ終了いたしましたが、福島県の太平洋側の浜通り地方を中心として、県外への避難者数は、平成30年8月31日現在でも、約3万3千人と発表されています。
 また、福島県の農産物・魚介類への根強い風評被害は、いまだに完全に払しょくされておらず、米やくだものなどについては、全量の検査を実施し、安全を100%確保しているにもかかわらず、依然として、市場における風評被害が完全には払しょくできません。品質面では最高評価をうけるものの市場における価格は、品質に見合ったものではないのが実情です。国立の福島大学に食農学部を開設するなどの行政面でのサポートのみならず、民間レベルでも風評被害の払しょくのため、福島の農産物等の品質の高さ・安全性のPRを積極的に全世界に向けて発信しているところです。
 少し話は変わりますが、今年は、1868年1月の「鳥羽・伏見の戦い」に始まる戊辰戦争から150周年目を迎える年です。福島県内各地では、この戊辰150周年を記念して数々の記念イベントが開催されています。
 とくに会津は、白虎隊の悲劇を生んだ戊辰戦争の激戦地の1つであり、会津藩とともに戦った「奥羽越列藩同盟」の旧幕府軍の歴代藩主・新選組・白虎隊にふんした人々が練り歩く恒例の「会津藩公行列」が、今月23日に盛大に開催されました。このパレードには、2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」で出演した俳優、綾瀬はるかさん、も毎年参加しています。
 この会津には、利を求めず「義」に生きるこころ、精神があり、「義に死すとも、不義には生きず」という人間としての矜持を持つ武士道精神が今でも息づいています。
 この会津藩にもともと関係の深かったのが、実は彦根藩と言われています。
 ここ長浜との関係は明確には存じませんが、長浜城が廃城になった時、その資材の多くは、彦根城や大通寺に移築されたとの記述が残っていますから、少なからず関係はあったかと思います。
 会津藩と彦根藩は、ともに幕府を支える常溜間詰(じょうたまりのまづめ)の大名であり、譜代大名筆頭格の彦根藩と御家門筆頭格の会津藩は「二大雄藩」という立場にありました。
 その結びつきをより強固にするため、会津藩6代藩主・松平容住(かたおき)公は、彦根藩13代藩主・井伊直幸(なおひで)公の娘を正妻に迎え、両藩は親戚関係となっています。その子、松平容敬(かたたか)公は、会津藩第8代藩主であり、彦根藩15代藩主、井伊直弼公は「従兄弟」となります。井伊直弼公は、9歳年長の従兄である松平容敬公を大変慕っていました。
 松平容敬公には、男子の世継ぎがなく、娘・敏姫の婿として美濃高須藩から容保(かたもり)を養子に迎えました。この松平容啓公の養子が、京都守護職を勤める会津藩第9代藩主、松平容保公です。
 井伊直弼公は、嘉永元年には松平容敬公を「現代の英勇の大将であり、天下のため無二の忠臣である。実に感服している」とまで絶賛していることが、「井伊家史料」に残っているそうです。
 戊辰戦争は、9月22日、滋賀県蒲生郡日野城主であった蒲生氏郷(うじさと)公が創建した会津鶴ヶ城の城主松平容保公の会津藩降伏で終焉となりました。今年は、その戊辰戦争150周年、こうした歴史的観点からも貴クラブとは少なからぬご縁を感じています。
 そして、今年、当クラブが所属する第2530地区の地区大会は、この会津の地で開催されます。そして、ガバナーは、当クラブの平井義郎会員です。ぜひ、11月23日、24日開催の地区大会に、貴クラブをご招待申し上げたいと考えております。
 また、来月の24日、25日には、私達クラブに本庄会長様、松居幹事様はじめ貴クラブの会員の皆さんにご来訪いただけるということで、楽しみにしております。雄大な会津磐梯山とともに稲穂そろう美しい秋の田園風景、福島のおいしい食材・くだもの・地酒を存分に楽しんでいただければと思います。
 最後になりましたが、貴クラブの益々のご発展と今日ご参会の皆様のご健勝をお祈りいたしまして、ごあいさつといたします。本日は、大変、ありがとうございました。


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